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最高裁判所第三小法廷 昭和48年(オ)359号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人吉川大二郎の上告理由第三点について。

上告会社は遊園地を経営する等の事業を営む会社であるところ、奈良市近郊にドリームランド建設を企画し、附近一帯の土地買収につき、地主で構成される黒髪山元駐留軍施設敷地賃貸人組合(地主組合)との間で交渉を進めていた。しかし、ドリームランド敷地予定地内にある本件土地の所有者である被上告人服部及び中村が右組合に加入せず売却にも賛成していなかつたため、地主組合も処理に窮し、弁護士・奈良市長で、かつては上告会社の設立発起人であつた、高椋正次にあつせんを依頼し、また、高椋と被上告人らの双方を熟知している岡田正男の依頼もあつて高椋が乗り出し、同人の働きかけによつて被上告人服部らも態度を和らげるに至り、高椋は、売買代金の決定のほか、協力金名義の金七〇万円の支払についても双方の合意をとりつけたが、この間被上告人らより別にドリームランド敷地内において一六五・二八平方米(五〇坪)を被上告会社のタクシー業のために使用する等後記特約についての希望条件が提示され、高椋はこの要望が実現されるよう善処する旨回答した。このような経過の後、被上告人らと高椋との間で「契約書」と題する書面(甲第一号証)が取り交わされたが、右書面には、(一)売買代金は金二六一万六〇〇〇円とする、(二)所有権移転登記は昭和三五年一二月二三日にし、右登記後上告会社は被上告人服部及び同中村に協力金として金七〇万円を支払う、(三)上告会社は、被上告会社に対し、ドリームランド敷地内において一六五・二八平方米(五〇坪)の土地につき、被上告会社のタクシー業に必要な建物、駐車場その他の物件の所有を目的とする地上権を設定する、右地上権の存続期間はドリームランド事業の存続する期間とし、地代は無償とする、(四)上告会社は前記ドリームランド敷地内において、自らタクシー業を行わないことはもちろん、被上告人らを除くタクシー業者に右ドリームランド敷地の使用を許さないこと等の条項が記載され、これに高椋が上告会社の代理人なる肩書を付した記名の下に押印したものである。

原審は、以上の事実を認定したうえ、高椋は、右契約を上告会社の代理人として締結したものであり、高椋には協力金の支払を条件として売買契約を締結すること、すなわち、右条項(一)、(二)については代理権(基本代理権)を有していたが、条項(三)、(四)(本件特約)については代理権を有しなかつたとし、しかし、被上告人服部及び同中村としては本件特約が容れられなければ本件土地の売却を絶対に承諾しなかつたのであるから、高椋が本件特約をする代理権があると信ずるにつき正当の理由があつたというべきであると判示し、右特約に基く被上告人らの本訴請求を認容したものである。

おもうに、権限踰越による表見代理が成立するためには、相手方において代理人にその権限があると信ずべき正当の理由が存在することを必要とするところ、原審は、被上告人服部及び同中村としては本件地上権設定の約定が容れられなければ土地売却を絶対に承諾しなかつたのであるから、高椋が本件特約を結ぶについてその代理権があると信ずるにつき正当の理由があつたというべきである旨判示するだけである。しかし、右の事情は被上告人らが高椋に代理権がある旨信じたことを示すものではあるが、そう信ずるにつき正当の理由があることを示すに足りるものではない。もつとも、高椋が弁護士・奈良市長であり、かつては上告会社の設立発起人であつたことは、正当の理由を補強する事実というべきである。しかし、本件特約は、地上権の存続期間がドリームランド事業の存続するかぎりとされるから永久との定めに等しく、地代は無償というのであるからその対象土地の贈与をするに等しく、しかも、その土地はいまだ特定されないが、タクシー営業のために必要な土地というのであるからそれにふさわしい土地であることが期待されるだけでなく、上告会社はタクシー営業に関し無制限、無期限の競業避止義務を負うという、きわめて重大な内容を持つものであつて、それは売買契約において通常予想される性質の条項というよりむしろ異質、異例の条項というべきであるから、特別の事情のないかぎり、単なる土地買入の代理人がこのような契約を締結する権限を有するとは考えないのが通例であるというべきである。のみならず、高椋が本件解決に乗り出したのは上告会社の依頼によるものではないというのであるから、高椋が代理人として評価される面があるとしても、その仲介者的色彩までが否定されるわけはないし、また、原審は、高椋が交渉過程において右のごとき特約の締結をもつて売却方を勧誘したとか、特約を締結する権限を有することを示唆したことを確定しているわけでもなく、かえつて、本件特約は交渉過程において被上告人らからの要望として持出され、かつ、高椋は右要望が実現されるよう善処する旨述べていたというのであるから、交渉過程においては高椋には右のような特約締結権限のないことが前提とされていたことがうかがえないわけではない。これらの経過、本件越権行為の性質、内容からすれば、高椋の前記地位を考慮に入れても、いまだ高椋に本件特約を締結する権限があると信ずべき正当の理由があるとするには充分ではないというべきである。

したがつて、原判決には法令違背ないしは理由不備があるというべく、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の上告理由について判断するまでもなく原判決は破棄を免れず、本件はなお審理をつくす必要があるので、これを原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 関根小郷 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)

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